やまちゃんつうしん

2001 Part1

Dear Reader
 会社の忘年会の2次会などで、同僚が「明日があるさ」などを歌ってしまい、「困ったな〜も〜」と思っている読者の皆さん、いかがお過ごしだろうか?

 ところで、私はHP(ホームページ)を公開してから、『やまつう』を執筆しなくなってしまったのだが、理由は2つあって、1つは以前執筆した『やまつう』をupする事で精一杯だった事と、(それでも全部はupしていない)もう1つは、言いたい事は掲示板を通じてリアルタイムで語ってしまっていたので、『やまつう』を書く必要がなかったというものである。

 しかし、これからは『やまつう』も再び書きたいと、相変わらず衝動的に考え、文字通り、“今年最初で最後の”『やまつう』を、以下ご披露したいと思う。

 さて、今年も残す所わずかとなってしまったが、私は失業している為か、いわゆる忘年会というものには特別参加しなかったのだが、12月16日には、友人の木鶏と会い、今年起きた大きな事件について語り合うべく、カラオケボックスに向かった・・・。
(木鶏は、『明日がないさ』という歌を歌っていた・・・)

 ところで、読者の多くも、今年は目を覆いたくなるような、悲惨な事件が多かったと感じている事と思われるが、例に漏れず、私と木鶏もそうした事件について、あれこれと語り合っていた・・・。

 それでは以下に、今年最も衝撃的だった事件について語りたいと思うが、もったいぶらなくても、ここまで話せば、もう読者の方達は、「ああ、あの事件の事だな」と簡単に理解している事だろう。
 それでは、多くの人が驚愕し、何か絶望的な気分に陥る事となった、今年最大の事件、そう、後藤久美子のディオールのCM出演について、以下に語る事としよう。

 私が最初にゴクミを起用したディオールの広告を見た時には、前述のように、何か絶望的な、お先真っ暗な気分に陥ってしまったのだが、本当に自殺しようかと思う程、衝撃的な出来事だった・・・。
 正に、自分自身の存在価値や、生きている事の意義について深く考えさせられた、この大事件において、読者の方達も、私同様多くの事を学んだ事だろう。

 それまでの私は、例えば浜崎あゆみが、2年連続で200億円を稼いだとか言われても、それ程同じる事は無かったのだが、それは、どんなに稼いでいても、所詮、マーケットの対象は国内だからである。(一部アジアはこの際無視)
 しかし、日本人のクセして、対象とするマーケットが世界になってしまった“個人”に対しては、私はいつも衝撃を覚えてしまう。
 例えて言えば、これまででは、YMO(個人では無いが)、喜多郎、テイ・トウワ等である。
 しかし、これらのアカデミックな才能を開花させた方達に対しては、素直に賞賛したくなる気持ちになるのだが、ゴクミの場合は全く別である。

 「だって、オマエはアレジが稼ぎまくって、もうすでに金持ちじゃん。なんでオマエまで働いて金稼ぐの? しかも、寅さんじゃなくって、ディオールかよ! やられた!!」
というのが、私のストレートな感想である。

 このように、世の中においては、すでにうまい話に乗っかった人に、更にうまい話が転がり込むという、大変に不公平な事が起きがちで、今回のゴクミの事件のように、それをビジュアルとして目の前に突き付けられると、誰でも大変ショッキングに感じるものなのだ。

 しかし、今回のゴクミの事件は、大変シンボリックな出来事だった訳だが、前向きに考えれば、この事件は世の中の不公平に対して、人々が真剣に想いを寄せるという良いキッカケになった事だろう・・・。

 冷厳に言えば、上記の出来事は、『パレートの法則』という法則において説明できる出来事なのだが、オーバーな単純化した表現を使わせてもらえれば、“金持ちは益々金持ちになり、貧乏人は益々貧しくなっていく”という事である。
 先進国に住む人達が金持ちに憧れるのも結構だが、貧しい国の人達は一体今後どうなってしまうのだろうか?

 先日目撃した光景では、都内の駒沢通りにて、真っ白なオープンのフェラーリを、ケバい女性が運転していて、隣の席には立派な“犬”が乗っていたのだが、この事を木鶏に話したら、「犬になりてー」と彼は言った・・・。
 私や木鶏は、恐らく死ぬまでにフェラーリに乗る事はないと思うが、“あの犬”はすでにフェラーリに乗っていたのである。
 これはそのまま、先進国と後進国の縮図のように私は感じたが、第3世界と呼ばれる貧しい国の人達は、自分達が食べるべき穀物を栽培する事も出来ず、廃品をあさって毎日をしのいでいる・・・。
 そして、これらの人達の犠牲の上で生産された贅沢品は、誰が消費するのかと言えば、それは先進国に住む人達と、その人達に飼われている“ペット”なのである。

 もちろん私は共産主義はまっぴらゴメンだが、かと言って、資本主義や自由民主主義の暗部を無視していいとは思わない。
 むしろ、私の文章は、時代の暗部を直視する事の大切さを常に訴えている訳だが、そのような私自身ですら、ケバケバしくハデな感じがする現代社会に対する、ある種の執着心はぬぐえないし、コマーシャリズムにも従順である。

 実の所、私の文章は、こうしたアンビバレント(両面価値的)な内容や、ダブルスタンダード(二重基準)をぶつけ合わす所に、その特徴があるのだが、来年も自己矛盾を正視する勇気を持った方達に向け、色々と語っていきたいと思うので、親愛なる読者の皆さんには、引き続き『やまつう』をご愛読して頂きたい。

 イヤ〜、それにしても今年のゴクミには参った。

2001年12月31日
やまちゃん

back