1997 Vol.4
●プロローグ
コンコンコーンと3連発した『やまつう』はどうだったかな?
俺様は文章を書き始めると、書きたい事がとめどもなくあふれてきて、とんでもなく“なが〜い”文章になっちゃうんだけど、沢山の人に様々な手紙を郵送した俺様の経験だと、なが〜い文章が送られてくると、例え読む気があっても、読まずにほっといたり、忙しいので“ななめ読み”しちゃったりして、内容をよく分かってくれてない、なんて事になりがちなんだよね。
●エッセンス
一般的に言って、“インテリ”と呼ばれる人達は、学者肌の人達の事で、彼らはとっても“議論好き”なんだよね。
何か討議すべき問題があると、その1つ1つに異議を唱えて、侃侃諤諤(かんかんがくがく)話し合うのがオチなんだよ。これはテレ朝の『朝まで生テレビ』を見れば分かるよね。こういう種類のインテリは、どんなにつまらない事でも何だかんだとまくしたてる種類の人達で、問題の大小に関わらず、あらゆる事に精通している事を自慢したがる人達なんだよ。
『やまつう』のエッセンスをあらためて言うと、「これから俺達はどう生きるのか?」という問いに対しての答えの模索だと思うんだよ。そういう意味において、『やまつう』を読む人達は、真のインテリジェンス(理解力)を持ってもらいたいし、上記の“エセインテリ”とは一味違うインテリになってもらう為に、“博愛主義”を抱いてもらいたいんだ。
●必要な懐疑論
ところで、これまでの『やまつう』を読んだ人達は、「へ〜、菜食主義ってそういう事なのか〜」と感心した人も、逆に「何言ってんだよ、どうあがいても無駄な努力だよ」と思った人も、又、両方の気持ちが複雑に絡んで言葉を失ってしまった人もいると思う。このように、俺様の文章に対して、常に敬意を表す人もいれば、とっても懐疑的に思う人もいる訳なんだけど、一体俺様の言っている事が正しいのか間違っているのかと言った、“正誤ゲーム”をするつもりは全くないし、だからこそ、『やまつう』はそういった“言葉という名のパンチを使ったディベート”(議論)は好まない博愛主義の皆さんに読んでもらいたいんだよね。
それでも俺様の言う事に苦痛を感じている人もいると思うし、現実の生活に打ち砕かれて、将来に対しては全く懐疑的になっちゃう人だっていると思う。でも、それも大切なんだよ。唯一正しい事などなく、どのようなビジョンにも懐疑論は必要なんだ。そういう人もいる事でバランスがとれるんだよ。俺様を含めて、1人1人が持っている、“現代社会に対する、ある種の執着”を理解して、俺様は懐疑論者も思いやりたいし、周囲の冷笑的な声にも耳を傾けて、その人達を同情してもあげたいんだ。
だけど、前回の“マリーちゃん”の話でもお分かりのように、現代人の“無知”は想像以上に“重症”なんだよ。そんな時に俺様の文章を読むと、「破滅の予言」と考えがちだけど、本当は、「別の道を進めという勧告」と捉えてもらいたいんだ。
●愛
ところで、“儀礼的な陽気さの下にある、根深い冷笑主義”に感染している現代人の前では、『愛』なんてとっても照れくさくて言えない言葉の1つに成り下がっているよね。それどころか『愛』なんて表現しようものなら、大抵、嘲笑の対象になるのがオチなんだよ。
俺様の気の合った友人同士でさえ、飲んでる席で『愛』なんて表現は、一発ギャグになっちゃう程、『愛』のポジションは成り下がってしまっているんだ。
俺様は、実はとってもクールで冷たい所がある都会っ子なんだけど、環境問題を勉強しはじめてから、美徳、道徳、愛という、それまでの人生ではまったく扱う事に慣れていなかった言葉を意識しはじめたんだ。これは俺様だけではなく、環境問題にたずさわると、どんなに非情で合理的で実際的な、ヒューマニズムを扱う事に慣れていない人でも、美徳、道徳、愛について語り始めるようになるからなんだよ。(結局解決策はそこに行き着く)
俺様の友人達、特に幼なじみの人達が、俺様の文章で違和感を感じるのは、クールなやまちゃんが『愛』とかについて語る所だと思うんだけど、若い頃“いきがっていた”俺様は、店を潰した挫折感と共に、全てのものに対して優しくなれるようになってきたんだ。人間生きていると色々な事で“足元をすくわれる”よね。若い時はそういう経験がなくて、挫折感もなくいきがっていられるんだけど、大人になって色々経験すると、自分の痛みを知る事で、人の痛みも分るようになるんだ。
もちろん俺様は今だに放言、失言はあるし、人間として冷たい面も持ってるよ、だけど、そんな時に自己肯定せずに、自省する余裕が生まれてきたのが昔との違いだと思うんだ。人間は理性の動物ではなく、感情の動物だから、やっぱり自己肯定が常だし、俺様にもそういう所は沢山あるよ。でも、少し時間をもらえれば、物事を理解する事もできるし、みんなもそんな人であると信じている。だから、みんなとの精神的な結びつきを大切にしたいんだ。『やまつう』がその一助となれば幸いだと思っているよ。『やまつう』の公開は、功利主義でも利益優先でもなく、俺様の中の余裕の部分が行う『愛』だからね。
1997,2,15 ベジタリアンのやまちゃん
想像してみてごらん
天国なんてないんだ、地獄なんてないんだ
ただ空が広がっているだけさ、簡単なことさ
みんな今を生きているんだ
想像してみてごらん
国家なんてないんだ、難しいことじゃないさ
そのために、殺し合ったりしなければならないものなんて、何もないんだ
宗教だってないんだ、みんな平和に暮らしてるんだ
想像してみてごらん
所有なんてないんだ、君にできるかな
欲張りしたり、飢えたりする必要なんかないのさ
みんな兄弟で、すべての人が世界を分かち合っているんだ
君は僕のことを、夢想家というかもしれない
だけど、僕だけじゃない
いつか君も、僕の仲間になり、この世界は1つになるんだ
ジョン・レノン
イマジンより